野村證券

野村證券の1年目社員が飛び降り自殺(未遂)に追い込まれた話。

野村證券 自殺
  • 野村證券ってパワハラとかあるの??
  • 野村がブラックっていうのはどこまでが本当?
  • まさか野村で自殺とかの問題はないよね・・・?

そんなことをお考えの方がこの記事にたどり着いたことでしょう。

 

こんにちは、カルロス(@crls1031)と申しまして、2011年に野村證券に新卒入社したものです。

僕はあまりにも過酷な環境だったため、1年半で逃げるように退社してしまいました。

自分の神経をすり減らして働き続けることに疑問を感じたからです。

 

大阪の寮で暮らしていたのですが、その1年半の間に同期の飛び降り自殺(未遂)と1つ上の先輩の失踪がありました。

(先輩は失踪から1週間か2週間後にパチンコ店で見つかったそうです。僕は詳細を知りません)

 

僕も支店では怒られてばっかりでしたし、会社生活に希望が見えず鬱気味だったと思います。

そんな僕ですが、当時の記憶をしっかり記録に残しておこうと思い、ここに記しておきます。

大企業、もしくは証券会社の働き方に興味がある人の参考になれば幸いです。

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1年目のGW明け、彼は飛び降り自殺をした

彼は名門大学のアメフト部に所属していた明るく元気な男でした。

学年1目立っていたと言っても過言ではありません。

入社前には内定者が集うパーティーを開催したり、みんなの前で発言をしたり、「厳しい会社かもしれないけど、みんなで支え合って社会人生活もエンジョイしようぜ!」と呼びかけるような人物でした。

そんな彼が入社して1ヶ月後のGW明けには飛び降り自殺を図ってしまうんですからね。

登場人物を整理しておきます。

  1. 僕:ラグビー部出身、梅田支店
  2. 同期1:アメフト部出身、飛び降り自殺を図った人物
  3. 同期2:サッカー部出身、同期1と同じ支店
  4. 同期3:東大卒

大阪の寮の5階にすむ1年目同士の仲間

彼は大阪の南の方の支店に所属し、僕は北側の梅田支店に所属しました。

彼とは入社前から同じ体育会畑出身者として意気投合していました。

彼は目立っていましたし、たぶん僕もそれなりに目立っていたとは思います。

 

大阪配属ということで同じ寮に住むことになりました。

まさか同じ寮で生活できるとは思ってもいなかったので、とても心強く思っていました。

そして偶然にも寮の最上階である同じ5階に住むことになりました。

「苦しい時はお互いに支え合おう」そんな雰囲気がたしかにありました。

優秀なサッカー部、残念なアメフト部

2011年といえば東日本大震災があった年です。

僕らは入社式も入社後研修もなく、いきなり支店に配属されることになりました。

最初に数日間、簡単なビジネスマナーを学び、そして飛び込み営業を実践することになりました。

最初は名刺集めから始まり、目標は10枚。

次は目標が20枚、最終的には口座開設と言った風に基準は高くなっていきました。

 

僕は全然うまくいっていませんでしたが、とある新人は飛ぶ鳥を落とす勢いで毎日のうように口座を開設し続けていました。

そいつは名門大学サッカー部出身であり、完全なる明るいバカ。

でも早朝に支店を元気よく出発しては、毎日新規顧客からの口座解説書を受け取ってくる、そんなやつでした。

彼はその僕と同じ階に住む同期(アメフト)と同じ支店に所属していました。

異変を感じ始めたのは4月の中盤頃

彼ら(アメフト部とサッカー部)は同じ支店のため同じインストラクターに指導されていました。

これはしょうがないことなのですが、当然比べられてしまいます。

毎日新規口座開設を受け取ってくるサッカー部、なにも達成できないアメフト部。

それは怒りの矛先はアメフト部に向かってしまうことでしょう。

 

一方僕は彼とは別の支店で日中働いているため、彼とは朝晩に寮でしか会っていませんでした。

なので日中の詳しいことはわかりません。

でも、寮で会う彼はどんどん目がうつろになり、最後の方はコミュニケーションが難しい状態になっていました。

僕の話に集中できなくなり、何か常に恐怖に脅かされているといった具合でした。

果たし状を書けず、飛び降り自殺を図った同期

入社から1ヶ月が経ち、GWを迎える頃になりました。

僕はといえば社会の厳しさを目の当たりにし、大変苦しい状況ではありました。

しかし、アメフト部にとってはその苦しさは比じゃなかったのかもしれません。

 

営業成績の悪かった彼は、GWにも“果たし状”を1日10枚書くことを課せられました。

これではGWにも関わらず休むことは難しいですよね。

https://carlos-blog.com/2019/06/27/letter-from-nomura/

 

GW最終日、彼の部屋に様子を見に行きましたが、なんだかそわそわしていて落ち着きのない状態だったと思います。

「やばいやばい、マキガミ(果たし状)が書き終わらない、どうしよう」

そんな感じでした。

営業成績の悪い彼は、それをやらなければならないという雰囲気は確かにありましたし、計画的に実施しなかった彼にも要因はあるでしょう。

そして翌朝事件は起きました。

 

同期、飛び降り自殺を図る

 

早朝に救急車が来て、自体を知る

朝5時頃起床し、日経新聞を読み込んでいました。

支店に着くと読み合わせがあり、上司の質問に答えられないとものすごく怒られるからです。

(結局毎朝怒られていましたが・・・)

 

朝食をとっているころ、騒々しい音ともに救急隊員が駆け込んできました。

最初は何事が起こったのかわかりませんでしたが、すぐにとんでもないことが起こっていることがわかりました。

2階に住む東大卒の同期の窓の外に、彼(アメフト)が落下したからです。

彼(東大)は早朝けたたましい音にびっくりし、気づくとうめき声がします。

見てみると同期(アメフト)が苦しんでいます。

彼はすぐに救急車を呼んだそうでした。

僕らは怖いことが起こったことを感じながら出社し、そしていつも通りの1日を終えました。

その日ばかりはいつも怒ってばかりの上司も怒ることはなかったと思います。

 

終業後に梅田支店の総務課長に呼ばれ

「なにか不安なことや逃げたいようなことがあったら、いつでも俺に相談してくれな!」

と梅田支店に勤める僕ら同期3人を諭しました。

総務課長はお父さんのようにとても優しい人でした。

ですが、営業部からは遠く位置し、また部長であるため常に忙しくされていました。

現実的に考えて、相談するのはなかなか難しかったと思います。

僕の目の前には常に恐ろしい上司がいて、上司の監視もあったわけですしね。

僕は「YOU CAN FLY」忘れない

この噂は瞬く間に近隣の支店に広がったと思います。

でもメディアには1つも露出しませんでしたね。

僕は同じ5階に住む人間として「何か彼に対して、もう少しできたんじゃないかな」と思う節がありました。

営業成績が悪い彼を“怒られて当然だろ、なに鬱になっているんだよ”と思ってしまっている部分もあったからです。

 

ある日、僕が自分の部屋に戻ると、大きな窓が勝手に大きく開け放たれていました。

そして机の上には「YOU CAN FLY」と大きく書かれた紙が置かれていました。

大きく開け放たれた窓の先には何もありません。

僕はゾッとし、ひどく寒気がしました。

 

その後、それをしたのがサッカー部の仕業ということがわかりました。

彼は冗談のつもりでやったみたいみたいですが、僕にはとても冗談には受け取れませんでした。

人の命が失われたかもしれないんだです。

そんな冗談、決してやってはいけないだろ!

そう思いました。

彼は一命をとりとめ、そして事件から3年後に再会した

事件の後、彼の部屋には鍵がかけられ、誰も入ることができませんでした。

そして気づくと彼の部屋には彼の荷物は1つも無くなっていました。

飛び降り自殺を図ってなおも会社にい続けるのは常人には不可能なことでしょう。

彼に関しての憶測はずっと飛び続けていました。

どうやら一命は取り止めたらしい。

会社は辞めたらしい。

でも正確なことはわかりませんでした。

3年後、彼と再会した

結局僕も野村證券には1年半しか居られませんでした。

僕は野村證券退職後、マルチ商法に洗脳され200万円損したり、悪徳商法に騙されて借金100万円作ったりしていました。

だから開き直って「自分の好きなことだけしよう」と思い、活動を始めていました。

当時憧れていた坂爪圭吾さんの真似をしてブログを始め、今までの経験や自分の考えをSNSに発信するようになりました。

気づくと、Facebookで友達だった彼は僕の記事に「いいね」を押してくれるようになっていました。

彼は確かに生きていたようですし、僕に「いいね」をつけるほどには元気に生きているようです。

 

そして僕が東京に帰る頃にメッセージをもらい、彼が主催したパーティーに参加することになりました。

大学の頃、彼が元気だった時にいつもやっていたようにパーティーを主催していました。

その会ではなぜか現役の野村證券社員と辞めた僕らが一堂に会するパーティーでした。

久しぶりに元気な彼の姿をみて、そして元気な頃の彼に戻っていて安心しました。

彼には当時のことを根掘り葉掘り聞いたので、ここに彼が話している風に記しておきます。

あの事件の前の記憶は一切ない

あの時の事件の前の記憶はない。

気づくとベッドで寝ていて、目の前には家族と彼女が立っていた。

何事だろうと思って起き上がろうとしたが、体が動かない。

そうして自体を知っていった。

 

周りの話を聞いてわかったのは、飛び降り自殺を図った時には5階から降りて2階の屋根の上に着地したそうだ。

まるでワンピースのルフィーがそうするように両足で着地したそうだ。

ただ自分の体重と重力は支えきれずに両足を骨折、勢い余ってついた手を骨折、そして支え消えれなかった背骨も骨折していた。

非常に危ない状態で、すぐに手術が行われたそうだ。

目を覚ました頃には両足、両腕、背骨にプレートが入っている状態で、以後健康に歩ける状態になるかはわからなかった。

 

それから懸命にリハビリに励み、事件から数年後には全部のプレートも外れるまでとなった。

運のいいことに今は至極健康な状態で、軽い運動をする分には問題ない。

さすがにアメフトのような激しいスポーツはもうやらないが、マラソンのようなものなら問題なくすることができる。

転職して自分らしい人生を歩めている。

 

そんな感じに話してくれました。

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まとめ:野村證券にも自殺はある

2015年には電通の新卒の女性が自殺を図ってしまいました。

24歳東大卒女性社員が過労死 電通勤務「1日2時間しか寝れない」 クリスマスに投身自殺 労基署が認定 – 産経ニュース

電通の事件は2015年ですが、僕が書いた事件は2011年に起こっています。

就活生の間では大企業は憧れの対象かもしれませんが、このような実態は確かにあります。

僕のラグビー部の後輩は青い銀行に入社しましたが彼はその後失踪してしまいました。

某国営放送に入社した同期はめでたい同期の結婚式の時に「会社辞めたい」としか言いませんでした。

先日テレビ出演した際に某テレビ局のディレクターは「5年間関わっている間に飛んだ従業員は100人を超える」と言っていました。

これが悪い局面の現実ですね。

その環境で輝ける人ももちろんいますが、輝けない人もいます。

適材適所、自分の境遇は自分で選ぶのが望ましいでしょう。

 

と、僕の体験を書きました。

この経験がどなたかに参考になれば僕は書き手としてとても嬉しく思います。

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